結論
戦後の沖縄映画には、さまざまな理由で未完におわった作品が多数。長く戦争と米国の影がさしていた。
理由(下記3点)
- 劇映画「おきなわ」の準備が始まるが、企画は流れた。沖縄戦は米軍を刺激すると、沖縄民政府がタブー視したそう。
- 今井正監督の「ひめゆりの塔」(53年)の前にも幻の企画があった。朝鮮戦争の勃発で米国が戦争描写に過敏になったのも一因だ。
- 人影少ない国際通り一帯はその後、映画館がひしめく繁華街となる。戦後75年がたった今、残る映画館は「桜坂劇場」のみである。
戦後の沖縄映画には、さまざまな理由で未完におわった作品が多数。長く戦争と米国の影がさしていた。