【春秋要約】歴史の遠景に退きつつある昭和の話

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結論

節度を保って暮らしてきた皆さまに、そんな至福の時が訪れますように。

理由(下記3点)

  1. 中村草田男が、「降る雪や明治は遠くなりにけり」と吟じたのは昭和6年(1931年)。偉大なる明治から2度の改元を経ていた。
  2. 新時代への期待と不安。今年は令和初めての新春を迎えた。昭和は遠くなりにけり、である。
  3. 「何をあてにして生きていったらいいのか」と渥美さんの述懐に対して「生まれてきてよかった。そう思うことが何べんかあるだろ。そのために生きてんじゃねえか」と至福の時が訪れますようにと願っていただく。

言葉の定義

「中村草田男(なかむらくさたお)」さんとは

本名清一郎(せいいちろう)。東京帝国大学国文科卒。高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索。石田波郷加藤楸邨らとともに人間探求派と呼ばれた。「萬緑」を創刊・主宰。戦後は第二芸術論争をはじめとして様々な俳句論争で主導的な役割をもった。忌日は「草田男忌」として季語

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/中村草田男
プロフィール

神奈川県在住。元インフラエンジニア、今はITコンサルタントとして生計を立てています。主にPMOとして、事業分離に伴うインフラサービスの分離、金融系コールセンターのシステム刷新プロジェクトなどに携わってきました。
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