【春秋要約】1世紀前、ケインズが講和のあり方へ弾劾した話

要約元はこちら

結論

1世紀前に比べると世界は随分と一体化しているが、気候変動への取り組みなどをみていると心もとない。

理由(下記2点)

  1. 1919年6月に、ほぼ確定した講和条件に抗議して辞任していたが、ケインズの懸念は的中。20年後に起きた第2次大戦で欧州は再び戦火に焼かれた。
  2. 1919年12月に、ケインズが「平和の経済的帰結」という本で、「ドイツなど敗戦国に厳し過ぎ、将来の禍根になる」と講和のあり方へ弾劾した。

言葉の定義

弾劾(だんかい)とは

罪状を調べ、あかるみに出すこと。罪過をあばき訴えること。

https://kotobank.jp/word/弾劾-94889

ケインズとは

初代ケインズ男爵、ジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes、1st Baron Keynes、1883年6月5日 – 1946年4月21日)は、イギリス経済学者官僚貴族イングランドケンブリッジ出身。20世紀における最重要人物の一人であり、経済学者の代表的存在である。有効需要[1]に基いてケインズサーカスを率いてマクロ経済学を確立させた。また、戦後の外為体制(ブレトン・ウッズ体制)をめぐりハリー・ホワイトと案を出し合った。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ジョン・メイナード・ケインズ