結論
劇場の複数のスクリーンから好みの1本を選んで、活動写真の「動く面白さ」にひたれる幸福を思う。
理由(下記3点)
- 1941年12月8日朝、号外で太平洋戦争の開戦を知るまで日本人は米国映画に親しんだ。戦争中はその洋画の封切りは激減するが、映画は庶民の娯楽の王様だった。
- 戦後、洋画と邦画は公開本数や興行収入を競い合ってきた。業界団体の調べでは1990年代から2000年代半ばまで洋画が優勢。その後は日本がアニメでもり返し「東高西低」が定着している。
- 映画の健全な競争をはばんだのが戦争だった。劇場にかかる洋画はイタリアやドイツもの数本というありさま。
